【コロナ肺炎】オーストラリアでアジア人差別はある?【体験談】

オーストラリア留学
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オーストラリアは多国籍国家

オーストラリアは多国籍な人が集まり、人種も実にさまざまです。
それゆえあらゆる国の人が勉強や仕事、また移民としてやって来ます。

私の住むメルボルンという街はシドニーに続く大都市で、あらゆる国から色んな人が来て生活しています。

特にアジア系が多く、街を歩けばすれ違う人の半分はアジア人です。
主に中国人で、台湾や香港の人も多く、中華系の人たちはほぼメルボルンを占領しているといってもいいかもしれません。
レストランやアジアンマーケットも中華系のものが実に多く、中国語が話せれば英語が話せなくても生活に支障はないと言えるでしょう。

次に多いと感じるのはインドやパキスタンなどの中東系。
またぱっと見はわかりにくいですが、南米の人も多くいます。

両親の代からオーストラリアに来て、そしてオーストラリアで生まれ育ったアジア系の人もたくさんいます。
よって現地の学校にはオーストラリア人だけでなく色んなルーツを持った人たちが一緒に勉強をしています。

 

外国人の受け入れ体制は日本以上

色んな国の人が暮らしている街なので、オーストラリア人もそれをごく当たり前に受け入れ、暮らしています。
日本でも、コンビニや工場では外国人労働者がいますよね。オーストラリアでも同じで数はもっと多いです。
オーストラリアの場合は英語圏なので、英語を学びに来る学生が世界中から来るので、滞在する理由は仕事だけでなく勉強という人も多いです。

 

アジア人差別はある?

シティではほぼ差別を受けることはありませんが、田舎の方へ行くと、アジア人だからという理由でからかわれたりすることがありました。

以前ファームで生活していた時期があり、当時はオーストラリアの田舎の方に住んでいました。
韓国人の友人とスーパーで買い物をしていると、二人組の若い白人男性から「よ!アジア人!」とニヤニヤしながら言われ、その後もジロジロ見られたことを今でもはっきり覚えています。

声をかけられただけなので別に大したことはないのですが、そういった”差別の対象にされた”ということが初めてだったのでかなりの衝撃的でした。
初めて人種差別がリアルに感じた瞬間でした。

田舎では留学生や外国人労働者が少ないので、一部のオーストラリア人はアジア人を強くよそ者扱いしてしまうのだと思います。

私はこれまでシティなどの大きな街でしか住んだことがなかったので、「田舎の方は環境が違うんだな・・・」とか、「こういうの本当にあるんだ」と思ったのを強く覚えています。
そこで改めて自分が”外国へ住む外国人”であることを実感しました。

 

 

コロナ肺炎が流行ってから

シティではアジア人差別はほぼないと言いましたが、コロナ肺炎が流行ってからは状況も大きく変わりました。

アジア人以外の国の人は、”アジア人=中国人”と思っている人も多く、
街を歩くと「コロナ!」とか「チャイニーズ!」とか言われることもありました。
相手がもしこちらが「日本人だと分かっていればそのような言葉を言わない」のか、もしくはただ「”アジア人”への攻撃対象がほしい」のかはわかりません。

しかしこちらとしては、自ら選んでオーストラリアに来た身として、そのときは「仕方ないことなのかな」と思い堪えるしかありませんでした。

コロナが収まるまではずっと肩身が狭く、外で欧米人に話しかけられたときに反射的に怖かったのを覚えています。
瞬間的に「何か言われるかも!?」と思ってしまっていたからです。幸いにも、実際そのようなことはなく、ただフレンドリーに話しかけてきた人ばかりでしたが。

 

コーヒーをかけられた友人

私は一人で出歩くことが少なかったので、被害という被害にはあったことはありませんが、
日本人の女の友人は外を一人で歩いていたところ、「チャイニーズ!」「出て行け!」などと罵倒を浴びせられたあとコーヒーをかけられたそうです。

そのほかにも、欧米人の集団に指を指されて何か言われたりなど、コロナが流行りだしたころは我々アジア人にとって厳しい現実があったことは間違いありません。

 

アジア人はなめられやすい

アジア人は小柄で細身の人が多く、顔の構造からも実年齢より若く見られることが多いのです。
また、日本人は特に謙虚で大人しい性格からかナメられやすく、上記のような標的になることも少なくありません。

その上特に女性は、体力的にも男性よりハンデがあるせいか、人種差別をする人からの的にされやすいので、コロナなどでアジア人に対するヘイトが増えているときに、一人で街を歩くのは危険だと言えます。

外国で生きていくためには、謙虚な姿勢や 自分の意見を言わない 大人しい性格を変えていかなければなりません。
日本では通用していたことが通用しないのです。
「空気を読む」という行為も、特には必要ですが過剰にやりすぎると「自分の意見がない静かな人」にしかなり得ません。

 

我々は外国人だから仕方ない?

嫌なことを言われても、差別を受けても外国で住むことは”自分で選んだこと”だから仕方ない?
嫌なら自分の国に帰ればいい?
そのようなことを言う人もいます。すべては自分の選択だと・・・。

 

自分の成長に、嫌な人の意見は必要ない

差別をしてくるような人は、「自分だけの狭い価値観で生きている人」です。
例えばアジア人差別をする人は、アジア人の友人がおらず、自分の中の偏見だけで考えているかもしれません。

母国以外の国で生活している人は、何か目的や目標があって外国に来ているはずです。
例えば留学生なら語学の習得、ワーキングホリデーや仕事なら海外での労働、どれも自分の人生において必要で素晴らしいことです。
その先にある夢やゴールに、そんな心無い人たちの言葉は必要でしょうか?

つらい経験をして、嫌になるときもあります。
「嫌な思いをしてまで外国に住む必要ってあるのかな?」って思うときもあります。

でもその先には必ず成長があり、それを乗り越えたからこそ得られるものがあります。

差別的な人たちによって、自分のこれからの可能性や未来を諦めるなんてことはしてはいけません。

嫌な思いをしたときは友人に相談したり、話を聞いてもらいましょう。
それも嫌ならしばらくひきこもったっていいと思います。いつかまた立ち上がれるなら少しの間休憩しましょう。

外国で暮らすことは簡単なことではありません。
だからこそ日本では決して得ることのできないものがあります。

つらいことに負けず、自分を持って、疲れたときは休憩し、自分の目的な夢に少しずつでも近づいていけるように頑張りましょう。

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